今年の冬に泥酔しながら書き殴った記事がこちらでございます。実に見るに堪えない記事だったと存じます。

今現在7月でございますので無茶苦茶になった文章を修正致しまして再度掲載したいと思った所存でございます。

宜しかったらご覧くださいませ。

(寺山修司に影響され、文体がおかしい事になっておりますが、ご了承くださいませ。)

 

目次

寺山修司の虚構[精神世界]

大変恐縮ではございますが、去年8月に行われた寺山修司市街劇「田園に死す」に出演させていただきました。

吹越 広彬, Fukikoshi Hiroaki, champs des lilas, シャンデリラ,三沢市,松園町,美容室,田園に死す,寺山修司,

この左に立っている白塗りの男は私でございます。

このポイッて断髪式で髪を天高くぶん投げてるのも私でございます。

吹越 広彬, Fukikoshi Hiroaki, champs des lilas, シャンデリラ,三沢市,松園町,美容室,田園に死す,寺山修司,

おいーっちょっおまえ何やってんだー!!

 

事のあらすじはこうでございます。

私は寺山修司の醸し出す虚構に大変感銘いたしまして出演させていただいた次第でございます。

 

今回の記事では虚構という言葉が良く使用されておりますが、虚構とは寺山修司が自身の精神世界を虚構と呼んでいるのでございます。

 

そして、この市街劇は寺山修司の虚構が現実化したものでございます。

この次の日の新聞の記事では警察に3件の通報があったと拝見致しまして実に傑作だったなと思った次第でございます。

 

私はこの虚構を現実化する所作を自己の精神世界でも行いたいと思いました。

そうして現実化したモノがChamps des Lilas[シャンデリラ]でございます。

 

虚構を現実化するという作業を強く行っていくには、言語が最も重要になってきます。それ故私は今現在最も力を入れて言語を勉強しております。

 

あらゆる自己の虚構[精神世界]を言語化し書き記していく事が虚構の現実化の始まりでございます。

関係者の皆様方その節は大変お世話になりました。

この場をお借りしまして深く感謝申し上げます。

詳しい話はまた別な記事にしてお伝えしたいと思います。

 

吹越 広彬の虚構[精神世界]

私の人生における根底を担っている思想がございます。デカダンスでございます。

デカダンスとは

退廃的や衰退、虚無的、病的などと至極ネガティブな意味となっておりますが、私が思うデカダンスはどれだけ美しく破滅していくか。でございます。

人間は生まれた瞬間から死に近づいていきます。

その時の流れがあまりに遅いように感じられる故に気がついたらもうこんな歳になっていたというものなのです。

人間は知らず知らずのうちに破滅に向かっているのです。美しく破滅に向かっていく又破滅を美しく迎える事に美を感じれるか感じれないかの違いでございます。

私は美に携わる職に就いておりますが究極の美とは破滅にあると解きます。

花は儚く散っていく故に綺麗なのだと言う事と誠に一緒でございます。

ここで吹越 広彬という人間の自己の欲求について見てみましょう。

私の夢は世界一のヘアメイクアーティストになる事です。

世界一のヘアメイクアーティストには一体どうすればなる事ができるのか?

1つはファッション雑誌イタリアンヴォーグの表紙のヘアメイクをする事でございます。それはヘアメイクの最高峰であり、間違いなく世界で一番のヘアメイクアーティストのみができる仕事だと存じております。

もう1つはパリコレクションに参加し、Christian Dior のヘアメイクのディレクターになることです。Christian Diorは世界のトップといっても過言ではないファッションブランドでございます。そのブランドのヘアメイクディレクターになる事即ち世界一のヘアメイクアーティストの称号であると言えるでしょう。

この2つの所業を為し遂げる事ができましたら正真正銘誰もが認める世界一のヘアメイクアーティストとして富と名声を手に入れている事でしょう。

17歳の夏に私はDIORとJohn Gallianoのコレクションを雑誌で見ました。その当時人生に対して何の希望も夢もなかった私にそれらは至極強烈に生きる目標を見出してくれました。

 

そこから原宿の美容学校を卒業し単身パリに行きました。

そこで起こった数々の出来事。数奇な運命。

私はメイク学校を卒業し、パリのヘアサロンに就職し、Christian DiorそしてYoji Yamamoto の2つのブランドのヘアメイクのアシスタントをすることが決定していました。

 

その当時のChristian DiorのファッションデザイナーがJohn Gallianoでした。彼の織り成す精神世界に私は強烈に惹かれChristian Dior又はJohn Gallianoのヘアメイクディレクターになりたいと思っておりました。

そして彼の精神世界を余す所なく再現している世界的に有名なヘアアーティストのJulian d’ysのアシスタントとしてパリコレクションに赴くことになっていました。

夢はいつしか遠くはなくなり頑張れば届く目標に変化しました。

しかしながらあと一歩の所でその道は断たれました。私はフランスに滞在する為に必要なビザの申請を一年間し続けておりました。

フランス政府からの手紙によると審議の結果あなたの学生ビザから就労ビザへのチェンジは却下されました。よって直ちにフランスから退去しなさいとの趣旨が書かれていたかと記憶しております。

 

パリファッションウィークの2週間前に私は止む無く日本に帰国しました。

これが私が人生における1つの大きな絶望又そこから始まった破滅でございます。

 

パリに戻りたいから

世界一のヘアメイクアーティストになりたいから

 

それは一体何なのだろうと。それを達成した後は何が待っているのか。自己は世界一になった時の優越感に浸りたいのか、富と名声を欲しているのか、パリに住んでたら何がいいのか?日本に住んでいる人間達より上だという優越感が欲しいのか。パリだと自由に生きれるからか?なぜ自由に生きれると思うのだ。

 

誠にくだらない。

突き詰めて考えていくと自己の欲求の為だけの人生は実に滑稽なモノだと思った次第でございます。

精神世界において自己の夢を達成する事などいとも容易くできてしまいます。

想像するだけでできるわけですから。しかしながら夢を達成した後を想像した時に待っていたものは富や名声等の何不自由しない暮らしを手にしたはずなのに絶望、圧倒的な寂しさ、虚無感しかありませんでした。

 

それこそデカダンスではないか。否それはデカダンスなどではなくデカダンスの始まりなのである。その程度の絶望では美しく破滅するまでには全く至らないと思った次第でございます。

 

ジャンフランソワという人間

パリでの出来事でお前は自分一人の実力のみで全部やれたのか?

全てジャンフランソワのおかげだろ。

ジャンフランソワのおかげでお前はビザも取れることになったんだろ。

ジャンフランソワとは私の師匠でパリのサロンに就業していた時のオーナーでございます。

 

ジャンフランソワが私に様々なチャンスを与えてくれました。

「俺はヘアメイクはできないからヒロお前が店のヘアメイク、そしてデフィレ[パリコレクション]をしなさい。」

「ヒロ、お前は天才だ。」

「お前がこの店を継ぐんだ。」

 

そのような事をいつも声かけてくれて、誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く退勤するという実に素晴らしい人間であったため私は彼を心の底から尊敬していました。

 

日本では当然の事ながらオーナーが誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く退勤する事などあり得ません。それより一番下っ端であった私がしなければいけない所作でございます。

現にジャンフランソワより早めに出勤しましたが、「俺より早く来ても店は開かない。だから俺より遅く来い。」だの夜は掃除している時に「ヒロもう帰っていいぞ。後は俺がやっておく。」なんだのとフランスではそれがごく当たり前の事だったのを知るのはサロンで働いてから1、2週間後でございました。

 

ですが、フランスではオーナーや管理職の人間があくせく下の人間より働くことは、ごく当たり前の事かもしれませんが、上が働くから下は楽できるなどとは私はそのような考えは好きではありません。

立場的に上の人間が手本を示し進んで動く事によって下の人間は心の底からこの人の為に何かしてやりたいと思えるのだという事を実践を通して学びました。

 

ですので、私は全てではないと思いますが、日本のように上の立場の人間が踏ん反り返って下の人間を使い捨ての駒のように扱う社会の仕組みを実に嫌悪致します。

 

またジャンフランソワは私に様々なマナーを教えてくれました。

カフェを啜るな。ご飯を食べるときは口に器を持ってくるな。Tシャツはやめろ。シャツを着なさい。ナイフやフォークは正しく使え。ロールアップするな。等々。

 

まるで父のようにジャンフランソワは様々な所作から美容師としてのプロフェッショナルとは何なのかという精神。そして生き様を私に示してくれました。

パリでの道は、私一人では到底できなかった事をジャンフランソワが私に指し示した道だったのございます。

パリにいた頃の余韻に浸ることは大変結構ではございますが、そこにばかり囚われていては新たに見える道もなかなかと見えてこないかと存じます。

そこから私は現在新たな夢を見出しました。

 

自己の精神世界の現実化。そしてそれを他者の為に役立てる

正直に申しますと私はChristian Diorファッションブランドそのもの自体には然程興味は無く、Christian DiorのデザイナーであったJohn Gallianoの創り出す虚構が好きだったのです。

共するとJohn Gallianoの虚構を忠実に再現しているヘアアーティストのJulian d’ys。メイクアップアーティストのPat mcgrathを好きであると言う訳でも無かったのです。

要するにこれらの事柄から世界一のヘアメイクアーティストになりたいというよりかは、ファッションブランドやモード雑誌等々を媒体に自己の精神世界を現実化させたいと言う方が正しいかと思われます。

これらの考えはつまりはファッションブランドやヴォーグ等を利用する事に他ありませんので自己の欲求となります。自己の欲求は初めにも申しました通り誠にくだらないと存じます。

 

自己の精神世界を強烈に現実化させたい場合は、それらの媒体は用いずに自分自身で思う存分現実化してしまえば良いのです。

となると自己の欲求を他者の為に役立てる即ち欲求のレベルを上げてみようと思った次第でございます。

 

自己の虚構を他者の為に役立てる

ファッションブランドの為、そのブランドを好きな人達の為。ヴォーグを見ている人達の為等々。他者のために私の虚構を投影させる。

世界出店

現在あるChamps des Lilas[シャンデリラ]を軌道に乗せた後には、パリに出店し、ロンドン、ベルリン、アムステルダム、ヴェニス等々店を出したいと思っております。

これらが果たしてできるかどうかは誰も知りません。

ですが、精神世界ではいとも容易く可能でございます。

私はこれらを想像してみました。自己の為ではなく他者の為にどうするかという観点を重点的に想像してみました。

顧客を大切にする。社員従業員を大切にする。私に関わる全ての人間を大事にする。そうする事により自己を他者に投影する事によって初めて自己は其処に存在する事ができるのです。

 

そして破滅する事により他者の虚構[精神世界]の中で私は永遠に生き続ける事でしょう。これが私の最大にして最後の夢、欲求であり私の物語でございます。

 

結局、破滅するんかいっ!!

 

私の虚構の中のジョブズが叫んでおります!

「お前、今日が人生最期の日だったとしたら笑って死ねるか!?」

「全てをやり切ったのか?」

気がついたらジョブズがバカラのグラスになみなみとスコッチを注いでくれていました。

 

ちなみにこのバカラのグラスは、私が出した初めての店Champs des Lilas[シャン デ リラ]での初めてのお客さんが開店祝いにとプレゼントで持ってきてくださいました。私はその時こんなに嬉しい事は今までの拙い人生ではありますが、その中において10本の指に入るぐらい嬉しかったという事はいうまでもございません。

 

気がついたら私の虚構の中のアインシュタインが私に今すぐダッシュで新しいスコッチ買いにいって来いと叱咤しておりました。 ジョブズがおもむろにバカラを箱から出して、 おさむが呑んでおります。

おさむと気安く申してはおりますが、向井の方ではなく太宰の方でございます。

 

夢が叶うか叶わないかはどうでもいいかと私は思います。

その夢に向かっていく過程をいかに楽しむかが重要かと存じます。

 

私はChamps des Lilas[シャンデリラ]を2018年1月に開業致しました。

実を言うとこの店はことごとく否定され続けた中で誕生致しました。

親、友達、家族。誰にも必要とされず、否定され続け、自己と全くもって一緒なのだという事に絶望や悲壮そのような感情ではなく喜びが木霊していた自己がそこには在りました。

 

また今現在7月にこの記事を修正しておりますので、開業してから半年経っております。

この期間の間否定し続けていた方々も段々と認めてくれるようになってきました。

 

それもこれも来店してださっている皆様のお陰様で私は日々感謝と隣り合わせに生きてる次第でございます。ここでも私は自己の為に生きるのではなく、人の為に生きる事に決めました。

 

コンソメパンチもびっくりのパンチの効いた価格設定

さて私がなぜ再三家族、友達、知り合い等に否定され続けてたのか?

その理由はこの価格設定でございます。

三沢でこの価格設定でなめてんのお前!!

と、そりゃあもうカチキレでございました。

 

この価格設定は高いか?

私の正直な感想を述べると高くはありません。

あなた一人のためのプライベート空間、オートクチュールな技術、そして本物の製品達。

私が厳選した本物しかChamps des Lilas[シャン デ リラ]には置いていません。

そして私は今現在他者の為に、世界一のヘアメイクアーティストになりたいと思っております。また世界的に店舗展開していきたいとも思っております。

 

これは目標を世界一と設定しております故世界一という事は即ち日本一、東北一、青森一、三沢一、松園町一と具体的に見てみるとこのように見えてくるかと思われます。

 

何を持ってそのカテゴリーで1番になれるのか。どれだけ他者に自己を投影させれたかと存じます。要するに他者のためにどれだけ尽くせたかでございます。

目標を高く設定していると例えばまず、三沢一を目指そうという考えと、世界一を目指そう、その為にする行動の中で、あれ、気がついたら三沢一って呼ばれているな。とどちらが達成しやすいでしょうか?言うまでもなく世界一に目標を設定している方かと存じます。

これらは未来から時は流れて今現在、そして現在のすぐ後方に過去は存在しているという未来から過去へ時は流れているという思想でございます。

未来設定の段階で世界一になっていれば後は未来から時は流れてきます故自動的に世界一になっているいう訳でございます。

この時の法則だけで相当数記事を執筆する事ができます故別途詳しく執筆したいと思いますので気長にお待ち下さいませ。

 

現実世界においては、価格の時点で恐らく三沢一になっているかと存じます。三沢で一番上手かと言われますと、これは正直私個人の判断では全く信憑性がございません。

上手いか下手かを決めるのは皆様でございます。

価格に関しましては、日本や青森では高い部類に入るのではないかと存じますが、世界的に見てみると普通或いは普通より少し低いぐらいでございます。

日本の美容師が世界で一番上手なのではないかとお思いの方もいるかと存じます。しかしながら私は日本の美容師の技術力が高いとは思いません。

 

世界を大きな視点から俯瞰して見ますと私自身最も努力せねばならぬと大変承知しております。その上で申しますと日本の美容業界の負の体制然りこなすような日々のルーティンサロンワーク等のようなオーナーの利益至上主義の素では確実にクオリティの限界が生じてしまいます。

 

それらの事柄から妥協のないハイクオリティな技術、心構え、接客の提供を心がけている故このような価格設定でございます。

私の虚構の中のアインシュタインが申しております。

[一見して馬鹿げていないアイデアは見込みがない]

と言い、バカラのグラスになみなみとグレンリベットを注ぎ叱咤してくれました。

 

 

 

一番大事なことは楽しいかだけ

何かをするにおいて初めから無理だと決めつけてはその瞬間に無理になってしまうのです。

なにかを目指すにおいて1番大事な事は

楽しいか

だけだと私は思います。

私は従来の固定観念を崩壊させたいのです。

これはこうあるべきなんだと一体誰が決めたのでしょう?

多数決で是か否か決まっているのが世の常だと存じております。

しかし、それよりもっといい方法があるではないか!こうした方がより良いのではないか。

と自分自身が思ったらやればいいのです。

大衆心理としては多数決においての少数派は否定される運命にあります故、ゴルゴ13或いはカールラガーフェルドのような鋼の精神力を身に付けなければ即刻蜂の巣にされる事でしょう。

 

そこで選択に迫られる訳でございます。

固定観念を崩壊させる即ち大衆と戦うという事でございます。戦うということは実に骨の折れる所作でございます。その上精神力が未熟なままですと、蜂の巣然り、東京湾に沈められたりと社会的に抹殺、もしくは物理的に消されるという事そのものでございます。

 

否!!

否でけーよ!

 

なぜその道を選択するかは楽しそうだから

この考えを持ち合わせていると何ら問題はございません。

 

否定する人間は脇役でしかない。

否定する人間とは自己の物語の中では脇役でございます。そして否定する人間の中ではその否定している人間が主人公でございます。要するに否定する人間は否定し続ける限り永遠に脇役なのでございます。そして否定する人間が増えれば増えるほど自己の主人公具合は益々高まっていくのでございます。

学芸会においては桃太郎と桃太郎を拾った爺さんのふんどしほどの違いがあるかと思われます。

 

何を持って成功なのか。

巨万の富と誰しもが羨む名声を得た時か。

それらを得た所でそれらが全て自分の欲求だったのなら実に滑稽でございます。待っているのは絶望。虚無感。圧倒的な寂しさでございます。

しかしながら、誰かの為に生き誰かに感謝され、誰かの中に自分を投影させることができたならこれほど満たされた人生などは存在しません。

なぜなら、人間の最大にして最後の欲求は他者、世の為に尽くす事なのでございます。

要するに人のために何かしてやろうと考えている過程然り人の為に何かしてやった後の感謝。それらが自己のあらゆる欲求の頂点に君臨している訳ですから楽しい人生になるという事でございます。

 

人に感謝されたらそれは成功というのではないかと私は思います。

言わずもがな、より多くの人間に感謝される事即ち富も名声もおまけで勝手についてくるという訳でございます。

 

また人間とは他者との繋がりによって自己を見出す生き物でございます。

自己が物理的に死んだ時にその死んだ事を他者が忘れなければ他者の虚構[精神世界]で自己は生き続けています。しかし、物理的に死んで他者からも忘れられた時はそれこそ本当の死です。また物理的には生きているのに、他者から忘れられてしまっている場合も死んでいる事になってしまうのです。

それ故人間の最大にして最後の欲求は他者のために生きるという事なのです。

 

なぜ青森県は三沢市に店を出したのか?

三沢という街は実におもしろいです。

米軍基地があるので、異国情緒が楽しめます。

多くの人種又は青森県外の人間も多く含まれて構成されている三沢市は考え方に非常に柔軟性があります。

大抵都市圏以外の地方に行けばいくほど偏見がございます。

新しいモノを受け入れない。お互い譲歩していく素振りすら見せない。田舎特有の仕来りというモノがございます。

 

仕来りもいいのですが、時として仕来りにより何もする事ができない。新しい事をする事を許されない排他的な思考が田舎や地方の特徴といっても過言ではないでしょう。

 

勿論言うまでもなく田舎でも古い考えと新しい考えを見事に融合して切磋琢磨している場所もございます。

そのような街がこれからの時代に必要とされるに違いありません。

 

三沢という街は見事に様々な文化また思想が融合されている青森県の中では突出して面白い街でございます。

英語を学ぶことができる環境がほかの街に比べ遥かに整っています。

英語を話せる方は他の街と比べると多いかと存じます。

東京や都市圏では全てのモノが揃うとお思いですが、地方には地方の文化、思想、そして自然。東京には無いモノが有ります。

得てして大体地方の事を知らない人は多いかと存じます。ここに私はチャンスを感じております。三沢からの発信はなかなかと面白くなる事でしょう。

 

美容師とはどうあるべきか?

私はガツガツこなす仕事は実に嫌いです。

美容師だから一日中立ちっぱなしで、昼食は食べる事ができないのが当たり前。

そのような働き方だと身体も精神も限界がきてしまいます。

 

現在の美容業界の在り方、予約の取り方自体私は間違っていると存じます。

もはや予約ではございません。

予約優先制なんて中途半端なふざけた予約制度。

予約してその通りに来店したにも関わらず普通に待たされるのが当たり前。めんどくさい注文だとあーだこーだ理由をつけて断る。こなすようなサロンワーク。

詐欺のような料金加算システム。

私はそういう事が全て嫌いです。

自分に余裕がない状況でいいヘアスタイルが創れる訳がありません。

 

普通のサロンワークレベルだったらそれでもいいかもしれません。

普通にサロンワークをするとしたら、私はスピードとその中でのクオリティにはある程度の自信があります。

カットカラーやカットパーマで1時間。

カットカラーパーマは2時間。縮毛矯正も1時間半から2時間以内にある程度のクオリテイで終える事ができます。これらは美容師でしたら当たり前の事です。普通です。

マニュアルの恐ろしさ

現在の美容室ではことごとく効率性を優先しております。効率的な技術の提供をするにはある程度簡略化された技術&接客マニュアルが必要です。各々の美容室で独自のマニュアルが存在するとは思いますが、それらの質によってその美容室で育つ美容師の技術力が決まってきます。

ですが、そのマニュアルがもし極限まで簡略化され効率化されたモノであるとしたらそれはその美容室或いはその美容室より質が劣る美容室でしか通用しなくなります。

上の質の美容室では全く通用しないのでその美容室で就業するには技術、接客の習得をする流れでございます。しかしながら質の高いブランド力のある美容室は中途採用を滅多に取らないかと存じております。現在は分かりかねますが中途で入るには存分に難しいかと思われます。

マニュアルの恐ろしいところはここにあります。新卒で入社した美容室でその美容師の技術力が決まると言っても過言ではありません。

自分自身で考えて解決する

その状況を打破するには、自分自身で考え1つずつの問題を解決していく独自の解決力を身に付けなければいけないという事です。

逆を言いますと、独自で問題を解決できる能力があったなら質のいい美容室で技術、接客を学ぶ必要がないという事です。

私の場合は幸か不幸か美容師の始まりがパリでしたので、言葉も上手く通じなければ技術も教えてもらえない始末でございます。

ですので、私はジャンフランソワや他のスタッフの技術、接客を見て盗み、バーや道端であった女性に声をかけ実験的に練習していた次第でございます。

 

様々な失敗からどうすれば解決できるかを必死に考えるという動作を繰り返し行っていた為、現在では一目見ただけでヘアスタイルの構成からその人の技術等を盗み昇華する事ができるようになりました。講習会は私は行ったことがありませんが、youtube或いは書籍を見ればそれだけで理解できます。

つまり考え続けるという事が美容師をするにも何をするにも重要であるという事です。

日本の美容業界のみならず日本という国自体があまり自分で考えるという事を行わないように仕向けている感は満載でございますが、その中でも考えて自己解決できる能力が日本人は絶対的に海外の人間と比べると足りておりません。

 

マニュアルを利用する

マニュアルとは技術、接客等を言語化したものでございますので、マニュアル自体は実に素晴らしいモノです。

ですが、マニュアルそのものに忠実に従うという事はマニュアルを作った人間の精神世界の奴隷になるという事そのものでございます。

逆にマニュアルを自己の虚構[精神世界]に取り入れ考え昇華させ、自己の精神世界を自分自身の言葉で言語化し、後世に伝え遺す事に我々現代の美容師の存在意義があるように存じます。

私の他者の為に尽くすという部分には美容師達の為という事も含まれております。

 

 

アートと美容師。

私は限られた世界においてその世界の中の限られた素材をどう表現していくかに魅力を感じております。

簡潔に申しますと、

限られた世界はあなたです。

限られた素材はあなたの髪です。

あなたのライフスタイルや服装、趣味、仕事等々。

あなたの世界観に1番合う髪型を創造していく。

美容師は顧客の虚構[精神世界]に入り込み、その中で顧客の魅力を最大限に引き出さなければならぬと日々熟考しております。

カタログ通りにしてほしい。そんな事は実に簡単にできます。

ですが、それがあなたに似合うかどうかは別物でございます。ヘアスタイルがあなたの魅力を損なわせていたとしたら美容師の存在意義は無くなってしまいます。

切りっぱなしボブにしてほしいと仰り、切りっぱなしボブになったが全く似合わない。そのような事が度々起こっているのが世の現状でございます。

流行というものは誰かが作り出した虚構でございます。誰が作ったかも分からない誰かの虚構[精神世界]の奴隷になってはいけません。

あなたという人間の虚構[精神世界]の主人公はあなたなのです。

要するに流行のようなモノに惑わされずに、あなたに一番似合うヘアスタイルを創造していく事こそ美容師としての存在意義なのでございます。

実はそれこそがアートなのでございます。

自己のアートの押し付けを顧客にしたところでただの迷惑なのでございます。

顧客の虚構[精神世界]を我々美容師の手で昇華させてこそ新たなアートが創造されるのでございます。

 

 

私の接客はアンニュイです。

これは今も昔も変わっておりません。そしてこれからも変わる事はございません。

アンニュイとは気怠い、やる気が無い。憂鬱等々。そのようなネガティブな印象がありますが、日本語で一番しっくりくる訳し方はゆるいです。

私自身、常に自然体でございます。

服装も私はMerci BeaucoupやFrapbois等が好きですので気怠さ全開でございます。たまにその格好はふざけてるのかとお思いになる事もあると予想されますので、そのようにお思いの際は遠慮などせずに私の右頬にストレート若しくはドロップキック等をしていただけたら幸いでございます。

緊張なんてそんなものも一切ございません。

私は基本ベラベラとおしゃべりする方ではありません。

あなたが話したかったらひたすら話を聞いてるでしょう。あなたが静かに過ごしたかったら静かに過ごせる環境が整っています。

あなたが質問したかったら質問に答えます。

あなたが爆睡したかったら爆睡してて全然問題ありません。

えぇ、俺超すげーんだよ!!という何の価値も無い自慢話などもしませんし、調子に乗った天狗のようにも接しません。

アンニュイに接します。

 

 

まとめ

Champs des Lilas[シャン デ リラ]という店は私の虚構[精神世界]が現実化した店です。

吹越 広彬の最終目標は、多くの他者の為に尽くし、美しく破滅する事です。それが私のデカダンスでございます。

富や名声、見栄や偏見等は私にはなんの価値も見出してくれません。

私の最も望む欲求は、自己を他者の精神世界に投影させる事でございます。また、私の虚構[精神世界]を言語化し書き記し後世に伝え残す事でございます。

 

人間の創造力に限界は存在しないと私は思っております。

寺山修司がこんな言葉を残してくれました。

[どんな鳥だって想像力より高く飛べる事はできないだろう]

まさしくその通りでございます。

私の一番の親友で私と同じ歳で10億か100億かは忘れたのですが、それほどの多額の借金をしてスコットランドの牧場を買いスコットランドの海藻事業における60%のシェアを購入した奴がいます。ロンドン、パリ、東京等々にビーガン料理の店舗展開もしております。

実に面白い人生を歩んでいる人間でして、そのうち2人でコラボレーションする事でしょう。その際には皆様に面白い報告ができるだろうと思っております。

私達に共通している事は楽しんでいるだけです。

皆様もどうぞChamps des Lilas[シャン デ リラ]を楽しんで見てくださいませ。

 

 

 

 

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